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絶対においしいロシア料理
2026年1月28日
絶対においしいロシア料理
黒田 龍之助
ロシア料理はおいしい。今回は食べ物の話です。 食の好みは人ぞれぞれですから、もちろん強制はしません。ただ、わたしはロシア料理が大好きなのです。不思議なことに、日本のロシア料理店は高級なレストランばかりで、これはちょっと困ってしまいます。ロシア語を履修している学生は「先生、こんどロシア料理を食べに連れて行ってくださいよ!」と気軽にいうのですが、お財布と事前によく相談しておかなければ、おいそれとは行けません。大好きだけど、頻繁に食べに行っているわけではないのです。 外食する代わりに、家でロシア料理を食べます。ボルシチ は自分で作れます。作り方はとても簡単で、スライスしたビーツ(缶詰で充分)を細切りにして、牛肉か豚肉とキャベツ などといっしょに煮込み、あとは塩を少々加えれば、それだけでおいしくなるのです。そういえば東日本大震災が起きた 日もわが家はボルシチで、ガスが止まってしまった状況下、 オーブンレンジでなんとか温めて食べました。温かいボルシチが、不安な気持ちを少しだけ和らげてくれたことを覚えて います。 ただしそれ以上は作れないので、外に買いに行きます。先日は東京・銀座にあるロシア食料品店でピロシキを買いました。「中身は何ですか?」С какой начинкой?(スカコーイ・ ナチーンカイ)という表現を覚えておくと便利です。今回の中身は挽肉とキャベツでした。 広尾にあるスーパーマーケットには、デリカテッセンのコーナーにロシア料理があります。しかもボルシチやピロシキだけではなく、ハチャプリというチーズパンや、「毛皮を着たニシン」というサラダもあるのです。ただしお値段が少々高いので、誕生日などに奮発して買うことにしています。それでも外食よりはだいぶお得です。 不思議なことに、このスーパーマーケットのロシア料理には、容器にモルドバの旗がついています。日本在住のモルドバ人が作ったのか、あるいはモルドバからの輸入品なのか。 詳細は分かりませんが、となりますとこれはモルドバ料理でしょうか。う~ん、旧ソ連地域の食文化はきっちり線引きして区別するのが難しい気もします。そういえばハチャプリはグルジアです。判断には迷いますが、とにかく美味しいことは変わりありません。
わたしはJICのロシア語通訳として大学生から大学院生時代に何度も現地に渡ったのですが、最初のころはまだソビエト連邦でした。当然ながらロシア以外の諸共和国に足を運ぶこともありました。といいますか、わたしは多民族国家のソビエト連邦に興味があり、ウクライナ語やリトアニア語に惹かれていたのです。だからそういう地域に行く仕事は、積極的に引き受けました。おかげでいろんな経験をして、さらにはいろんな料理を食べたのですが、それぞれの地域の特徴はあるものの、旧ソ連内の料理は何か共通するものを感じていました。
何より大切なのは、どこで何を食べても美味しかったことです。 実をいえば、わたしにも好き嫌いが少なからずあります。 パイナップルは子どもの頃に沖縄で食べ過ぎてからダメになりました。ラッキョウも苦手です。ほかにもイカとピーマンの炒め物とか、サツマイモとか、ピザパイとか、ソーセージ とか、できれば敬して遠ざけたい食べ物はいろいろあります。 ところがロシアに行けば、嫌いなものが何もありません。 何を食べても美味しくて、さらには何を飲んでも愉快で、本当に幸せです。いつでも残さず、全部いただきます。 いや、違いました。一度だけ「お残し」をしたことがあり ます。 JIC のお仕事で、ある夏にピオネールキャンプで通訳をしていたことがありました。日本人の子どもたちを連れて、ソ連の子どもたちと交流させるプログラムです。キャンプといいましても、別にテントを張って生活するわけではありません。きちんとした宿泊施設があって、他にもレクリエーション室や医務室などが完備しています。食事については調理師さんたちが作ってくれ、わたしたちはそれを食堂でいただきます。実をいえば、日本人の子どもの中には、とくに女の子 でロシア料理が口に合わないという子もいたのですが、わたしは何でもおいしくいただいていました。あるとき、ピオネールキャンプでいっしょに通訳をしてい た、日本語専攻の極東大学生サーシャくんから、こんなことをいわれました。 「なんか、調理室のお姉さんが君に会いたいらしいよ」 はて、一体誰でしょう。キャンプ内ではいろいろな知り合いができ、かなり顔が広くなってはいましたが、調理師さんとはさすがに接点がなく、相手が誰かも想像つきません。 あるお昼休み、わたしはその調理師さんと引き合わされました。彼女はいかにもロシア人らしい娘さんで、色が白くて頬が赤く、そして思い切りふっくらとしていました。メーテルリンク『青い鳥』に出てくるパンの精のようでした。そしてその手には、一抱えもある大きなパン。しかもハート形! 「ぜひ食べていただきたくって」 何でそんなプレゼントをくれるのか、不思議に思ったので すが、何故か聞いてはいけないような気がしました。今はニコニコしていますが、怒らせたら絶対に敵わないだろうなと、 変なことを考えました。当時のわたしは華奢な男の子だった のです。だから何も気づかないふりをして、深々とお礼をいい、あとはさっさと自分の部屋へ引き上げました。 そこで待っていたのが、通訳のサーシャくん。ニヤニヤ笑いながら、これだけのプレゼントをもらったら、それなりに 応えなきゃねと、意味深なウインクをしてみせます。一方わ たしは、この巨大なパンをどうにかしなければと、そちらの方が気になっていました。 一切れちぎって口に入れます。ちょっと甘みが強いけど、 味は悪くありません。だけど全部はとてもじゃないが食べきれない。どうしましょうか。 そこでこのキャンプに参加している日本人の子どもたちに、お裾分けすることを思いつきました。ロシア料理が苦手な子がいる一方で、とくに男の子たちはいつでもお腹を空かせていましたから、おやつ代わりに食べてくれることを期待 したわけです。 ところが食べてくれません。男の子たちもニヤニヤして、 いや、いりませんよ、それは黒田さんが一人で食べたほうが いいんじゃないですかと、みんな手を出さないのです。 すべてはハート形のせいでした。 わたしは懸命に食べるのですが、2日も3日もかけて頑張 っているのに、パンはちっともなくなりません。わたしの見ていないところで膨らんでいるのではないかと疑りたくなる ほど、パンは一向に減らないのです。結局、ピオネールキャンプ最終日までかけても食べきれず、残りは部屋に残して帰ることになりました。 わたしがロシア料理を残したのは、後にも先にもこれだけです。このことを思い出すたびに、あのハート形のパンと、それを作ってくれた調理師さんに申し訳なく思ってしまいます。
2023 年1月18日発行 インフォメーション他記事は下記よりご覧いただけます
https://www.jic-web.co.jp/jicinfo/info223.pdf
ロシア留学については下記ページよりお問い合わせください
https://www.jic-web.co.jp/cgi-bin/contact/study/index.cgi
ロシア旅行については下記ページよりお問い合わせください
https://www.jic-web.co.jp/cgi-bin/contact/estimate/index.cgi
その他お問い合わせご相談など
jictokyo@jic-web.co.jp
黒田 龍之助
ロシア料理はおいしい。今回は食べ物の話です。 食の好みは人ぞれぞれですから、もちろん強制はしません。ただ、わたしはロシア料理が大好きなのです。不思議なことに、日本のロシア料理店は高級なレストランばかりで、これはちょっと困ってしまいます。ロシア語を履修している学生は「先生、こんどロシア料理を食べに連れて行ってくださいよ!」と気軽にいうのですが、お財布と事前によく相談しておかなければ、おいそれとは行けません。大好きだけど、頻繁に食べに行っているわけではないのです。 外食する代わりに、家でロシア料理を食べます。ボルシチ は自分で作れます。作り方はとても簡単で、スライスしたビーツ(缶詰で充分)を細切りにして、牛肉か豚肉とキャベツ などといっしょに煮込み、あとは塩を少々加えれば、それだけでおいしくなるのです。そういえば東日本大震災が起きた 日もわが家はボルシチで、ガスが止まってしまった状況下、 オーブンレンジでなんとか温めて食べました。温かいボルシチが、不安な気持ちを少しだけ和らげてくれたことを覚えて います。 ただしそれ以上は作れないので、外に買いに行きます。先日は東京・銀座にあるロシア食料品店でピロシキを買いました。「中身は何ですか?」С какой начинкой?(スカコーイ・ ナチーンカイ)という表現を覚えておくと便利です。今回の中身は挽肉とキャベツでした。 広尾にあるスーパーマーケットには、デリカテッセンのコーナーにロシア料理があります。しかもボルシチやピロシキだけではなく、ハチャプリというチーズパンや、「毛皮を着たニシン」というサラダもあるのです。ただしお値段が少々高いので、誕生日などに奮発して買うことにしています。それでも外食よりはだいぶお得です。 不思議なことに、このスーパーマーケットのロシア料理には、容器にモルドバの旗がついています。日本在住のモルドバ人が作ったのか、あるいはモルドバからの輸入品なのか。 詳細は分かりませんが、となりますとこれはモルドバ料理でしょうか。う~ん、旧ソ連地域の食文化はきっちり線引きして区別するのが難しい気もします。そういえばハチャプリはグルジアです。判断には迷いますが、とにかく美味しいことは変わりありません。
わたしはJICのロシア語通訳として大学生から大学院生時代に何度も現地に渡ったのですが、最初のころはまだソビエト連邦でした。当然ながらロシア以外の諸共和国に足を運ぶこともありました。といいますか、わたしは多民族国家のソビエト連邦に興味があり、ウクライナ語やリトアニア語に惹かれていたのです。だからそういう地域に行く仕事は、積極的に引き受けました。おかげでいろんな経験をして、さらにはいろんな料理を食べたのですが、それぞれの地域の特徴はあるものの、旧ソ連内の料理は何か共通するものを感じていました。
何より大切なのは、どこで何を食べても美味しかったことです。 実をいえば、わたしにも好き嫌いが少なからずあります。 パイナップルは子どもの頃に沖縄で食べ過ぎてからダメになりました。ラッキョウも苦手です。ほかにもイカとピーマンの炒め物とか、サツマイモとか、ピザパイとか、ソーセージ とか、できれば敬して遠ざけたい食べ物はいろいろあります。 ところがロシアに行けば、嫌いなものが何もありません。 何を食べても美味しくて、さらには何を飲んでも愉快で、本当に幸せです。いつでも残さず、全部いただきます。 いや、違いました。一度だけ「お残し」をしたことがあり ます。 JIC のお仕事で、ある夏にピオネールキャンプで通訳をしていたことがありました。日本人の子どもたちを連れて、ソ連の子どもたちと交流させるプログラムです。キャンプといいましても、別にテントを張って生活するわけではありません。きちんとした宿泊施設があって、他にもレクリエーション室や医務室などが完備しています。食事については調理師さんたちが作ってくれ、わたしたちはそれを食堂でいただきます。実をいえば、日本人の子どもの中には、とくに女の子 でロシア料理が口に合わないという子もいたのですが、わたしは何でもおいしくいただいていました。あるとき、ピオネールキャンプでいっしょに通訳をしてい た、日本語専攻の極東大学生サーシャくんから、こんなことをいわれました。 「なんか、調理室のお姉さんが君に会いたいらしいよ」 はて、一体誰でしょう。キャンプ内ではいろいろな知り合いができ、かなり顔が広くなってはいましたが、調理師さんとはさすがに接点がなく、相手が誰かも想像つきません。 あるお昼休み、わたしはその調理師さんと引き合わされました。彼女はいかにもロシア人らしい娘さんで、色が白くて頬が赤く、そして思い切りふっくらとしていました。メーテルリンク『青い鳥』に出てくるパンの精のようでした。そしてその手には、一抱えもある大きなパン。しかもハート形! 「ぜひ食べていただきたくって」 何でそんなプレゼントをくれるのか、不思議に思ったので すが、何故か聞いてはいけないような気がしました。今はニコニコしていますが、怒らせたら絶対に敵わないだろうなと、 変なことを考えました。当時のわたしは華奢な男の子だった のです。だから何も気づかないふりをして、深々とお礼をいい、あとはさっさと自分の部屋へ引き上げました。 そこで待っていたのが、通訳のサーシャくん。ニヤニヤ笑いながら、これだけのプレゼントをもらったら、それなりに 応えなきゃねと、意味深なウインクをしてみせます。一方わ たしは、この巨大なパンをどうにかしなければと、そちらの方が気になっていました。 一切れちぎって口に入れます。ちょっと甘みが強いけど、 味は悪くありません。だけど全部はとてもじゃないが食べきれない。どうしましょうか。 そこでこのキャンプに参加している日本人の子どもたちに、お裾分けすることを思いつきました。ロシア料理が苦手な子がいる一方で、とくに男の子たちはいつでもお腹を空かせていましたから、おやつ代わりに食べてくれることを期待 したわけです。 ところが食べてくれません。男の子たちもニヤニヤして、 いや、いりませんよ、それは黒田さんが一人で食べたほうが いいんじゃないですかと、みんな手を出さないのです。 すべてはハート形のせいでした。 わたしは懸命に食べるのですが、2日も3日もかけて頑張 っているのに、パンはちっともなくなりません。わたしの見ていないところで膨らんでいるのではないかと疑りたくなる ほど、パンは一向に減らないのです。結局、ピオネールキャンプ最終日までかけても食べきれず、残りは部屋に残して帰ることになりました。 わたしがロシア料理を残したのは、後にも先にもこれだけです。このことを思い出すたびに、あのハート形のパンと、それを作ってくれた調理師さんに申し訳なく思ってしまいます。
2023 年1月18日発行 インフォメーション他記事は下記よりご覧いただけます
https://www.jic-web.co.jp/jicinfo/info223.pdf
ロシア留学については下記ページよりお問い合わせください
https://www.jic-web.co.jp/cgi-bin/contact/study/index.cgi
ロシア旅行については下記ページよりお問い合わせください
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