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アムール州慰霊と交流の旅 まるごとロシア
募集は終了しました。

ハバロフスク・イワノフカ村「共同追悼碑」

・アムール州慰霊と交流の旅

■ツアーコード
添乗員同行 アムール州慰霊と交流の旅
成田発
KN6-2338:S7航空利用

 元全国抑留者補償協議会の会長、齊藤六郎氏のお呼びで、1983年ナホトカ、ハバロフスク、ウラジオストックのシベリア墓参にいきました。ハバロフスクには280余名のお墓があり、そこでの墓参の時、法要が終わり皆出口の方へ集まりましたが、一人のご婦人がなかなか墓の前を離れようとされませんでした。

 ・・・・年の頃から推察して、結婚して間もなく夫が召集され、シベリアで亡くなり、38年間姑のそばで子供を連れてどれだけ苦労し、悲しいことがあったことかと。・・・想像した時、シベリアで亡くなられた方々に対し、また、御家族に対し、同じ抑留を受けながらも、無事復員できたものとして、何ができるだろうかと考えました。そして、私には墓参以外にないことを決心いたしました。

 その後毎年墓参を続けていましたが、ある時会長が、来年の墓参のため、日本人墓地を訪ねてアムウル州を回っていました。たまたま、イワノフカ村を訪れ、「このあたりに日本人墓地がないか」尋ねました。イワノフカ村長は「そのようなものは知らないが、あなたはわたしの村のことを知って来たのか、知らずに来たのか。」と聞き正されました。会長が「何も知らずに来た。」と答えると、村長は、村の裏に建てられて居る二つの記念碑を案内し、イワノフカ村が1919年3月22日シベリア出兵中の日本干渉軍によって焼き討ちにされ、子供から老人迄約300人の住民が虐殺された村であることを話された。会長は驚きと、事件を知らなかったことを恥、早速調査をすると共に、イワノフカ村長と幾たびも話しあった上、村に「日露共同追悼碑」を建立、「懺悔の碑」として毎年有志を募りお参りをしています。

 今年も8月22日より29日まで、イワノフカを含め10か所の墓参と、現地の人たちとの友好親善の旅に出かけます。是非ご参加下さいますよう、お待ち申し上げます。

 NPO法人《ロシアとの友好親善をすすめる会》理事長 横山周導(元シベリア抑留者 真宗大谷派勝善寺住職)


『ハバロフスク・イワノフカ村・アムール州墓参と交流の旅』は参加者を募集しています。

◇問い合わせ先・お申込み◇

〈企画〉特定非営利活動法人
≪ロシアとの友好・親善をすすめる会・横山周導≫
住所:岐阜県揖斐川郡揖斐川町東横山460
TEL : 0585-52-2251
FAX : 0585-52-2267

ツアーのポイント ツアーのポイント 日程 [ → ]
【添乗員】が同行いたします。
ご旅行代金は【クレジットカード払い】にてお支払いも可能です。

イワノフカ村共同慰霊碑 イワノフカ村前で
イワノフカ村共同慰霊碑                 イワノフカ村前で

日付 発着地 時間 スケジュール
8/22
(火)
成田発

ハバロフスク
14:25

18:25
出国手続き後、成田空港よりシベリア航空 S7-568 にてハバロフスクへ移動。

ハバロフスク着後、日本語ガイドが出迎え、専用車にてホテル移動。
レストランにて夕食。
(ハバロフスク泊 / 食事 × × 夕
8/23
(水)
ハバロフスク


ハバロフスク



朝食後専用車にてホテル発、ハバロフスク平和基金代表と懇談。
レストランでの昼食後、平和公苑慰霊と日本人墓地を訪問。
市内視察
にご案内致します。その後、列車駅へ移動。
ブラゴヴェシェンスクへ向け夜行列車にてご出発。
車中レストランにて夕食。
(車中泊 / 食事 朝 昼 夜
8/24
(木)
ブラゴヴェ
シェンスク
終日 ホテルでの朝食後、専用車にてアムール州平和基金を訪問。
昼食後、日本人墓地(&ロシア兵慰霊碑)参拝。
アムール州平和基金元代表ワシリーさんのお墓参り。郷土博物館の視察。
(ブラゴヴェシェンスク泊 / 食事 朝 昼 夜
8/25
(金)
ブラゴヴェ
シェンスク着

ブラゴヴェ
シェンスク発

イワノフカ

ブラゴヴェ
シェンスク着
到着後ガイドが出迎え、専用車にてホテルへ移動し朝食。


イワノフカ村へ移動し、


村役場にて村長他と懇談。郷土博物館・イワノフカ教会等の視察。
その後ロシア人慰霊碑参拝。
イワノフカ村からブラゴヴェシェンスクへ移動。
(ブラゴヴェシェンスク泊 / 食事 朝 昼 夜
8/26
(土)
ブラゴヴェ
シェンスク発

タンボフ地区

ノボアレクサ
ンドロフカ村

ラズドリノエ村

ラズドリノエ村発

ブラゴヴェ
シェンスク着
朝食後、専用車にてノボアレクサンドロフカ村へ出発。


途中タンボフカ村にて代表者と合流

ノボアレクサンドロフカ村日本人墓地で参拝。


ラズドリノエ村へ移動し、日本人墓地での参拝。
タンボフカ村、ラズドリノエ村の方たちとの交流昼食会。


ラズドリノエ村からブラゴベシェンスクへ移動。
(ブラゴヴェシェンスク泊 / 食事 朝 昼 夜
8/27
(日)
ブラゴヴェ
シェンスク発

スバヴォ
ードヌィ着


ベラゴルスク発








専用車にてスバヴォードヌィ市へ。


到着後市関係者と合流し、日本人墓地にて参拝。郷土博物館の視察。
市代表と共に、昼食会。


ベラゴルスク市へ移動し、ベラゴルスク日本人墓地にて参拝。
列車駅へ移動し夜行列車にてハバロフスクへ移動。
列車内にて夕食。
(車中泊 / 食事 朝 昼 B
8/28
(月)
ハバロフスク ハバロフスク着後ホテルへ移動し朝食。チェックイン後ホテルで休息。
ホール日本人墓地への参拝の後レストランにて昼食。
ハバロフスク半日市内視察。郷土博物館(入場)お土産ショッピング等。
レストランにてお別れ夕食会。
(ハバロフスク泊 / 食事 朝 昼 夜
8/29
(火)
ハバロフスク

ハバロフスク

成田着


11:55

13:35
ホテルにて朝食後、日本語ガイドと共に専用車にて空港へ移動。

シベリア航空 S7-567 にて成田へ移動。

お疲れ様でした。
(食事 朝 × ×

スヴァボードヌィ日本人墓地 ラズドリノエ村日本人墓地
スヴァボードヌィ日本人墓地            ラズドリノエ村日本人墓地

<旅行条件詳細>
日程表補足 [ → ]
*日本とブラゴベシェンスクの時差はありません。
*ハバロフスクとブラゴベシェンスクの時差は1時間です(ハバロフスクが1時間早い)。
*ハバロフスクと日本の時差は1時間です(同上)
*日本発着時利用予定航空会社 : シベリア航空 S7(エコノミークラス)
*夜行列車は基本2名様1コンパートメントでのご利用となります。
*最少催行人員 : 6名様
ロシアビザが必要です(別料金)
*添乗員(ロシア語通訳) : 同行します
*利用ホテル : ハバロフスク「インツーリスト」、ブラゴヴェシェンスク:ホテル「ユビレイナヤ」、または各都市同等ホテル
*食事 : 朝7回 昼6回 夕7回(表記×=手配なし / 機=機内食 / B=お弁当ボックス)
*シングル部屋利用料には列車コンパートメント1人利用は含まれておりません。
*掲載の発着時刻は2017年3月13日現在のものです。運送・交通機関や現地事情によりスケジュールが変更となる場合があります。
*お申込前に、必ず旅行条件書(全文)をお読みください。
*『まるごとロシア』特典の対象外となります。
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◆ 旅行代金 ( 2名 1室利用の場合の 1名様費用)

アムール州慰霊と交流の旅 S7航空利用 KN6-2338
日程 [ → ]

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追加代金
[ → ]
*以下は、1名様あたりの追加代金となります。
1人部屋利用追加代金 +19,000円
*上記のほか別途、燃油サーチャージ、空港諸税、ビザ関連費用、総額約 8.010円が必要となります。
( 2017/2/1のレートでの目安となります)。
※ お申込締め切り - 募集は終了しました。 ※ アムール州慰霊と交流の旅空席問い合わせ
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